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つまり、一般の人のは、
簡単に自分を否定しちゃう。
でも、ずっと一線でやってる人は、
自分っていうのは、大事にするべきものだ
っていうのを、ものすごく言ってる。
4月 19, 2014 / 411 リアクション
殴られても痛くない自分を
もうひとり作らないと、
いまの時代、アートができないですよね。
4月 19, 2014 / 210 リアクション
おれたちは、歳をとると、自然に、ある程度は、「親切に、やさしく」なるもんだ。
人生、いろいろと辛いことがあっても、助けられることだってあって、社会とつながってるし、みんな助け合って、生きているんだっていうことが、実感できるようになるんだ。
4月 19, 2014 / 84 リアクション

 今の最大の障害は、「自分なんかできない」「自分のやることには価値がない」などと、自分を過小評価して踏み出せないことなのだ。
 もう、30年ぐらいで、どうせ人生は幕を降ろすというのに。

 今こそ、本当にやりたかったことを始めよう。
 そして、最低でも、3年は続けよう

 
 ブライアンさんみたいに。 

4月 19, 2014 / 107 リアクション

ひとりの人間にひとつの人格、という考え方はやめる。

みんな多重人格、シチュエーションの数だけ人格があるって考える。
そしてそれらが、対面する人物や場所に応じて、
入れ替わり立ち替わり出たり入ったりしているんだ、と考える。

そういう沢山ある人格のうち、たまたま、
自分はその人のいやな人格にばかり出会っちゃってるんじゃないか、って考える。

じゃぁ、そのいやな人格を呼び起こさず、もっと比較的付き合いやすい
人格に出てきてもらうのはどうしたらいいかな、って考える。

4月 18, 2014 / 82 リアクション
生きるとは何か。「やれることはすべてやる」という覚悟のことである。
4月 17, 2014 / 62 リアクション
「いま、私たちはどうふるまっていいかわからない状況に入りつつあり、正解は誰も知らないし、誰も教えてくれない」ということを切実に受け止め、それゆえ自分の判断力と感覚を信じて生きる人間たちは生き残り、「どうすればいいんでしょう?」とぼんやり口を開けて、「正解」を教えてくれる人の到来を待ち望んでいる「受け身」の人たちは下層に吹き寄せられる。残酷なようだが、そういうことである。
健闘を祈る。
4月 17, 2014 / 167 リアクション
いつもドトールに来て勉強してるおばあちゃんがどんどんスキルアップしてて凄い。1年前は算数の計算ドリルやってたのに、今は数Ⅱの問題集やってるわ…
4月 16, 2014 / 1,468 リアクション

あそこの景色きれいだったね。
次はあれ食べたいね。
今度はお家で作ってみようか。

こういうほんとにちっちゃな思い出や希望を自分の芯にすると幸せになれることに僕は気づいてよかったと思う。

(via lesson5)

(t2voicecoachから)

4月 15, 2014 / 812 リアクション
欧米で暮らして学んだ重要なことに「日本人はAと考え、欧州人にとってはBで、アメリカ人にはCであることが当然である」のようなことが、そこら中にゴロゴロ転がっているのが世界だ、というのがある。
4月 15, 2014 / 201 リアクション
何でもできる何でも屋さんが頑張ると、その人はだんだん道具に近づいていく。道具は壊れるまで使い潰され、壊れたら舌打ちされて捨てられる。
4月 15, 2014 / 2,712 リアクション
「もっとしんどい人もいる」という理由でしんどさが正当化されるなら「もっと楽してる人もいる」という理由で楽を求めてもいいだろ
4月 15, 2014 / 1,636 リアクション
『親にお金をもらって学校に行かせてもらってるんだから学校をやめるのは甘え』みたいな学生のツイートが沢山RTされているのを見て、この国に自殺者が多い理由が分かった気がしました。責任感ばかりが先行していて、行きたくない学校に行くこと自体が親に無駄なお金を払わせてる事に気がついてない。
4月 15, 2014 / 1,155 リアクション
サードプレイスは、常連で決まる。人数的な意味においてではない。常連がほかに何人いようと、どんな場合で も、自分がサードプレイスの常連ならばそこでくつろぎ、楽しい気分になれる。常連のマナーやムードが空間全体に影響を与え、それが人から人へと伝播し、相 互作用を生むので、その店を新しく訪れる人は、常連に認められなければ始まらない、と感じる。店の主人なら誰にでも「いらっしゃい!」というけれど、彼は ほんとうの意味での重要人物ではない。その「いらっしゃい」がバーカウンターの反対側まで伸びて、常連たちの口からも発せられるまでは、本格的なサードプ レイス・デビューとは言えないのだ。

常連もかつては新入りからスタートした。新入りの承認はサードプレイスのバイタリティを保持するためには不可欠である。輪(サークル)の中に受入れるのは 難しいことではないが、かといって何もしないでも受け入れられるということではない。一番熱烈に歓迎されるのは、「帰ってきた放蕩息子」のパターンだ。つ まり元々常連だった人が、ここ数カ月顔を出さなくなっていて、再び現れた、というパターンである。次に歓迎されるのは、「その放蕩息子の登場を待ち望んで いた常連」である。3番目に歓迎されるのが、順番に、「常連に連れられて来られた新入り」、「新入りのグループ」、最後に「ひとりでやってくる新入り」と なり、この順番で承認までの時間は長くかかる。

しかし、最も「常連」として定着しやすいのが、この最後の「一人でやってくる新入り」というパターンなのである。
4月 15, 2014 / 58 リアクション
4月 15, 2014 / 1 リアクション